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社会貢献活動-ラオス支援活動
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プレマシャンティスクール開校を迎えて

■ 現地からの声

開校式から数ヶ月、プレマシャンティスクールの校長先生をはじめとする現地からの声が次々に届きました!
子どもたちの将来やラオスの発展を願う気持ちが、本当にたくさん詰まっています。

ラオス山岳地における中学校建設の意味を改めて感じると共に、現地からの声は、子どもたちの未来が明るく広がるよう、不発弾撤去活動や教育、産業活動の支援など、ラオスの発展につながる活動に引き続き取り組んでいこうという気持ちを一層強くしてくれました。


― プレマシャンティスクール校長  チャイェンヤ氏 ―

プレマシャンティスクール校長 チャイェンヤ氏今回の中学校建設プロジェクトが実施される前は、学校の教室は生徒数に対して十分でなく、1日2回同じ授業が行われる2部制で行われていました。しかし、学校建設後は十分な教室があり、同じ生徒達が1日中勉強できるようになりました。

2部制のときのお話を少ししますと、午前中に勉強をしにやって来た生徒たちは午後は家に帰り、午後からはまた別の生徒が勉強に来るという状況です。
生徒ひとりひとりに対して、本来必要な勉強時間を確保することができず、教育の質は決して良い状態ではありませんでした。

生徒の数はとにかく多いけれど、受け入れる環境が整っていないという状態だったのです。


現在教員は12人おり、そのうち女性の教員は3人います。ここで教えている教員のほとんどは、カンカイ教員養成大学を卒業した者です。
全校生徒は203人、そのうち86人の女子生徒が勉強しています。毎年、生徒の数は増え続けています。来年度も、約30人の生徒が増えるだろうと予想しています。

校舎ができる以前、カンパニオン村では4学年もの多くの中学生を抱えることができないため、ラオスの旧教育制度「中学校3年制」がとられていましたが、教室が増えた今では、新教育制度に沿った「中学校4年制」を採用できるようになりました。子どもたちにも、新教育を受けさせることが可能になっています。

 


余談にはなりますが・・・、
中学校を卒業する多くの生徒たちは、高校に行って勉強したいと思っています。
シエンクワン県ノンヘット郡にある高校へ、行くことのできる生徒たち。また、ごくわずかですが、(シエンクワン県の県都)ポーンサヴァンの高校に通う生徒もいます。その他ポーンサヴァンにある専門学校にも、4〜5人の生徒が入学していきます。
しかし、中には卒業後、村に帰って結婚する人や家の農作業を手伝わざるをえない人もいます。
そのため、ぜひ将来は、このカンパニオン村で高校の役目も果たしていければと考えています。課題はたくさんありますが、その第一歩として、来年度からこの校舎で高校1年生の授業を行えないか教育省とも連携して知恵を出し合っているところです。


日本の皆様から寄付いただいた新しい校舎は、何十年と長く使えるように管理し、大切に使用していくことを約束いたします。新しい校舎ができたことは、私にとっても大変嬉しいことです。校舎ができた後、生徒たちは毎日学校で勉強することを楽しみにやって来ています。最後に、支援をしてくださった日本の皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。


― シエンクワン県教育省長 モウアヴァンヤ・ソムチャイ氏 ―

(インタビュー:特定非営利活動法人テラ・ルネッサンス 江角泰氏)


シエンクワン県教育省長 モウアヴァンヤ・ソムチャイ氏ソムチャイ氏は、教育省を訪れると会うなり、開口一番、

「カンパニオン村での中学校建設をサポートしてくれて、大変うれしく思っています」と話しかけてくれました。


そしてまだこちらが特に話を切り出す前に、

「来年度は、ぜひこの村に高校のクラスも開きたいと考えているところです」

と、次のプランを教育省の人間として勢いよく語ってくれました。


お茶をいただき、改めて中学校建設プロジェクトについて話を伺うと、

「とてもいいプロジェクトでした。現在、昨年までのような中学生が勉強する教室が足りない状況は改善され、問題はありません。今年度は中学生たちが勉強するのに十分な教室があります」

との現状報告に続いて、先ほど少し話しかけていた来年度のプランに言及してくれました。

「来年度は、中学校を卒業して高校生になっている子どもたちや、新たに卒業する子どもたちのために、この村に高校のクラスも開きたいと思っています。そうなるとおそらく、教室がまた足りなくなってくるでしょう」

そう話すソムチャイ氏からは、教育省で働く人間として、なんとかラオスの子どもたちの教育環境を早く改善したいとの思いが溢れていました。ようやく中学校までの勉強する環境が整ったカンパニオン村とその周辺の村々。それと同時に今度は、高校のカリキュラムをこなすために教育環境の整備のニーズが出ているのです。希望が広がります。


今回中学校が建設されたことで、中学校を卒業した生徒たちにどのような可能性があるのかを聞きました。

ソムチャイ氏の答えは、

「これまでは、中学校を卒業した優秀な生徒たち数人は、ノンヘット郡の町にある高校に通っていました。しかし、仮に来年カンパニオン村に高校のクラスができれば、彼らはまたカンパニオン村に戻ってきて、勉強することになるでしょう」

ノンヘット郡唯一の高校があるノンヘット高校は、すでに多くの高校生で満杯状態だと聞きます。また同じ郡内でも、山岳地帯の村からいくつもの山を越えてノンヘットの町まで通うことは不可能で、ごく限られた子どもたちしか高校への進学は許されていません。
中学校ができたことで、多くの子どもたちが十分な質の教育を受けられるようになり、高校進学を目指すことができるようになります。山岳地帯に位置するカンパニオン村で、高校の授業も来年度から開きたいというソムチャイ氏の考えは、よく理解できました。

さらに、

「高校に進む以外の道としては、ポーンサヴァンには2つの専門学校があり、そこでさまざまな専門技術を身につけることもできます。6つの専門分野があり、中学校を卒業すれば、こうした学校で勉強する機会も開かれるのです。」

と、中学校での勉強が、専門学校への進学にもつながることを教えてくれました。


今回のプロジェクトは、中学校を建設する前に不発弾撤去も実施しました。シエンクワン県内の学校では、敷地内や校舎のすぐ近くからボンビーが見つかっているという話を聞いたことがあります。と伝えると、ソムチャイ氏は大きくうなずいて、

「そうです。そうした状況は、よくあります。ボンビーがある学校は珍しくありません。子どもたちが、知らずにボンビーで遊んでしまうこともあり、とても危険な状況です。今回のプロジェクトでは、建設前にMAGラオスによる不発弾撤去が実施されているので、安心です」

「ご存知のように1990年UXO−LAOがプロジェクトを始めたのはシエンクワン県でした。1993年にはMAGラオスがシエンクワンに戻り、不発弾撤去活動を再開してくれ、今回のプロジェクトを含め、当地域の不発弾撤去は少しずつですが、確実に進んでいます」

と、シエンクワン全体で進められている不発弾撤去の様子にも触れてくれました。
そして、教育省としての興味深い取り組みも聞くことができました。

「教育省では、ユニセフやアメリカのNGOのサポートを受けて、子どもたちに不発弾の危険性を知らせるカリキュラムも作成し、子どもたちに不発弾で遊ばないよう教育しています。カリキュラムで使う教材も作成しており、その中にはラオスの歌に不発弾の危険を知らせる歌詞をつけたものもあります」

なるほど、歌を歌うことで、小さな子どもたちにも楽しみながら分かりやすく、危険性を理解してもらうこともしているのだと分かりました。
それにしても不発弾のカリキュラムが教育省によって作られ、各学校で教えられている・・・、日本では考えられない授業の時間があるのだと思いました。また、学校で子どもたちに不発弾の危険性を教えることは、最も理にかなったことでもあると再確認しました。


最後にソムチャイ氏は、中学校が開校した時の感動を、こう述べてくれました。

「このカンパニオン村に中学校が開校したときには、テレビやラジオでシエンクワンからビエンチャンにそのニュースが流されました。盛大な出来事であり、県知事や先生、生徒たちは、ノンヘット郡カンパニオン村に中学校ができて、とても嬉しかったのです。本当にありがとうございました」


― ラオス赤十字社 社長スニヴォウラスト・スラマニィ氏 ―

ラオス赤十字社 社長スニヴォウラスト・スラマニィ氏この中学校建設プロジェクトは、特に遠隔地に住む少数民族の人々をサポートする意味で、とても重要でした。

このノンヘット郡には、3〜4の少数民族が住んでおり(特にこの地域では、モン族、カム族の人たちが多く住んでいます)、開校式の後、村びとたちは、子どもたちを中学校へ通わせることができるようになりました。

中学校はとてもしっかりとした校舎で、県の教育省や村びとたちも大変喜んでいます。開校式の様子を見ていてもわかりますが、村びとたちは本当に喜んでくれていました。


今回のプロジェクトの「対象地域の選定」は非常に適切であり、さらに建設された校舎も十分に考えられたものであったと感じています。
通学が厳しいとされる遠隔地への建設で、強固な校舎に5つの教室。
もし竹製の校舎であれば、耐久性に問題があり日々の勉強や長年の使用にもいずれ影響がでていたことでしょう。また2教室や3教室しかない校舎では、生徒たちに勉強のスペースが行き渡らず、十分な学習が行えなかったでしょう。


中学校を卒業することができれば、2つの選択肢が開けます。

1つは、専門学校へ通うこと。
もう1つは高校へ進学し、大学へと勉強を続ける道。

地方ごとに大学が設置されていますが、このシエンクワン県が属している地方ではルアンパバーンにある大学へ進学することになります。
専門学校は、シエンクアンにもたくさんあります。高い専門技術を勉強することのできる学校で、シエンクアン県周辺の、ルアンパバーンやサムヌアにもあります。家具などを作る木工訓練や、ホテルやレストランのマネジメント、家畜の飼育技術など様々な種類の学校があり、公立学校だけでなく、私立学校もあります。

中学校へ通うことができなければ、専門学校へ通う機会はありません。
小学校を卒業しただけでは、これらの専門技術を勉強する学力は十分でないのです。

地域に中学校がない子どもたちは、県の教育省が各県に1校ずつ、ベトナム政府の支援で運営している「マイノリティ・プライマリー・スクール」へ通うことになります。この学校のカリキュラムは公立中学校とまったく同じで、進学に必要な学力を身に付けることができます。
中学校での十分な教育の機会は、子どもたちの可能性を大きく拓くことになるのです。

ただ、残念ながら、遠隔地に住む少数民族のなかには、情報不足のためにこうした機会があることを知らない人もいます。


ラオスの小学校、中学校、そして先ほど述べたマイノリティ・プライマリー・スクールの授業料はすべて無料ですが、高校、大学、専門学校は授業料が必要になります。

しかし、オーストラリアの運営するSOSという奨学制度があり、小・中学校で優秀な成績を修めていれば、奨学制度のもと、高校、大学へと進学するチャンスがあります。その意味でも、カンパニオン村に中学校が完成したことはこの地域の子どもたちにとって、とても価値のあることなのです。


この地域が抱えるもうひとつの課題について、お話させてください。それは、食料不足です。
貧しく食料がない場合には、子どもたちは農作業を支える貴重な労働力となるため、親たちは子どもを学校へ通わせることができず、勉強を断念してしまう場合があります。

もしそこで給食を提供することができれば、もっと多くの子どもたちが学校に通えるようになるでしょう。食料の問題、家庭の貧困によって小学校や中学校を途中でやめてしまう子どもたちもまだまだ数多くいるのです。

そういった問題を乗り越えるべく、シエンクワンの県教育省では、中学校ができた後、ノンヘット郡の教育省へ給食プログラムの提供を始めています。一人でも多くの子どもたちが学校へ通い続けられるよう、教育省は今後サポートにさらに力を入れていくことでしょう。


最後に、このプロジェクトは本当に素晴らしいものでした。ありがとうございます。
もし将来別の地域で学校を建設する支援をされることがあれば、ぜひ今回のように遠隔地の人々のサポートしていただければと願っております。


― MAGラオス シエンクアン事務所マネージャー ポンマリン・ソート氏 ―

MAGラオス ポンマリン・ソート氏今回のプロジェクトは、とてもいいインパクトを与えたと考えています。5教室の学校は、例えば40人の生徒が1教室で勉強すると考えれば、勉強できる生徒の数は、とても大きいものです。


不発弾撤去に関しては、プレマ株式会社様から不発弾撤去のための資金をいただき、2008年末から2009年初めにかけて撤去活動を実施しました。
中学校建設予定地の撤去でしたので、それほど広大な土地ではなく、また幸運なことに不発弾に汚染されていませんでしたので、実質の撤去作業は、それほど時間はかかりませんでした。


ただ、撤去作業をしてみなければ、実際に不発弾に汚染されているかどうかは誰にも分からないのです。


不発弾は至る所に埋まっているため、金属探知機を地面に当ててみるまで、そこに不発弾があるかどうかは分かりません。そのため、中学校建設を始める前には、不発弾に汚染されていないことを確認しなければなりませんでした。

幸運なことに、今回は何も見つかることなく、不発弾撤去作業後の土地を現地政府、住民、そして教育省へ譲渡することができました。



不発弾の撤去作業をすることは非常に重要です。
ある人々は、撤去作業の行われていない土地を掘ってしまうことがあります。もちろん、今回のように不発弾はないかもしれません。しかしながら、安全の保証はどこにもなく、危険があるかどうか、確かなことは撤去作業をしてみないと分からないことなのです。

事実、これまでMAGラオスが撤去活動を展開してきた場所の90〜95%は、何らかの不発弾に汚染されていました。不発弾に汚染されていなかったのは、わずか数パーセントの土地だけなのです。

ラオス赤十字社では、今回のような学校建設の他にも、幹線道路からかなり離れた貧困地域で何らかの支援プロジェクトを実施することがありますが、その時はまず、私たちMAGラオスが不発弾撤去作業を行うことから始まります。
結果的に不発弾がなかったとしても、危険をはらんだまま活動を展開することはできません。作業が完了し、安全が確保されるまで、彼らは支援活動を始めることができないのです。


撤去後の土地では、トウモロコシやお米、野菜などを安全に栽培できるようになるので、撤去作業を行うことは農業発展のために大変有効です。また開発の支援、例えば学校建設のために撤去を行う場合も、学校には多くの子どもたちが集まって勉強することになりますから、子どもたちの安全性を確保する意味でも重要で、それは教育・社会の発展にも貢献することになります。


今回の中学校建設プロジェクトの地域選定においては、郡教育省やその他の機関がすでに調査を実施し、戦略を策定、優先地域をいくつか選定していました。

そのような中で、カンパニオン村と周辺の村々は、私たちMAGラオスが「早急な対策が必要」と捉えていた通り、優先順位が高く設定されていた地域でした。
現地教育省にコンタクトを取り、彼らのアドバイスをもらってプレマシャンティスクールの建設地を選定したのは、大変良い方法でした。


もう1つ良かったと言える点は、少数民族の「モン族」が多く住む地域だったということです。モン族の子どもたちの数はとても多く、ラオス政府もまたモン族の子どもたちを、学校に行けるようにしなければならないと認識しています。


プレマ株式会社の中川社長だけでなく、多くのスタッフの方が開校式に参加してくださったことは、私自身大変嬉しいことでしたし、現地政府もとても喜んでいました。
それほど大きなセレモニーではなかったかもしれませんが、それはそれは素晴らしいものでした。

村人たちは伝統的なモン族の音楽や踊りで歓迎し、中川社長からはスピーチもいただきました。ラオスで地位のある人々、シエンクアン県の副知事もセレモニーに参加し、日本から来てくださった皆様を心から歓迎していました。


もちろん企業というのはビジネスで利益をあげ、お金を儲けるものですが、プレマ株式会社様のように、利益の一部で貧困地域のサポートをするということは、他の企業の手本になると感じています。
こうした支援活動をすることにより、その企業のお客様もまた、この企業はとてもいい企業だと認識し、継続して商品を購入し、支援をしてくれるようになると思います。

さらに、お客様がこうした企業の活動をきっかけとして、自らも貧困地域へのサポートを継続して行ってくれるようになるであろうと思っています。


ラオスを訪れたことのある日本人の方はご存じだと思いますが、発展途上のラオスは「世界最貧国の1つ」ともされ、ラオス政府は貧困国から発展するように努力を続けています。日本政府、日本の皆様からもたくさんのご支援をいただいております。

ラオスの貧困層の人々がどのように仕事をし、どのように学校に通っているのか、さらには十分な食糧のない状況にある人々がいることを、皆様に想像していただければと思います。


もちろんそれは、日本の皆様だけでなく、世界中の人々に知ってほしいことでもあります。

貧しい環境に置かれた人たちに、いろいろな人から少しずつでもサポートができる状況があれば、本当にそれは良いことだと思います。ラオスには限りません。世界中のそうした困っている人々を、少しずつでも助け合う環境があれば、素晴らしいことです。

例えば企業が物を売り、その得た利益を支援にまわすのもいいことですが、途上国の伝統的な製品や農産物や製品の市場を開拓してもらい、買ってもらうようにしていただくことも、貧しい環境にいる人々をサポートすることにもなると思います。有機栽培の農産物もその一つです。

ラオスは、東南アジアにある小さな国で、80%は農民です。また、戦争による影響がまだ残っている国でもあります。
特に、先にも述べたように、不発弾が国土を大きく汚染しているために土地の開墾もままならず、多くのコミュニティが未だ貧しく、収入もわずかです。

ラオス政府や国際NGOもこうした状況を改善しようとしていますが、まだまだ時間はかかると思われます。
しかし、ビジネスや農業、鉱物資源、水力発電などの潜在的な可能性も大いに秘めている国でもあります。



不発弾がラオスから全て取り除かれるには、あとどれくらいかかるのか・・・答えることが本当に難しい問題です。
ある人は50年、また別の人は100年はかかる、もっとかかるという人もいます。

ラオスにある県のうち、17県が不発弾で汚染され、うち9県は汚染状況がひどいとされています。ラオス政府の不発弾問題を扱う機関NRAが、国土の何%、何ヘクタールが汚染され、どれだけの土地がこれまでに撤去を完了しているのかなど調査を実施して、今後の計画を立てていますが、現時点ではいつ全ての不発弾が撤去できるのか目処はついていません。


不発弾被害者も多く存在し、事故もたくさん起きています。

データの収集が十分でないため、正確な数は分かりませんが、毎年200人は被害にあっていると推定されています。数多くの犠牲者が出ていることは確かです。

1964年〜1973年までの間に、ラオスには200万トン以上の爆弾が落とされ、そのうち30%は不発弾になっているとされています。200万トンの30%・・・・、それは途方もない数字です。


不発弾撤去団体だけでなく、多くの住民たちによっても不発弾は撤去されています。
安全のことを考え、住民たちには決して撤去をしてほしくないのですが、貧しい人たちが換金のためのスクラップとして集めるケースがあります。

不発弾には信管がすでになく危険性のないものもありますが、いつ爆発するともわからない危険なものも含まれています。多くの人たちが不発弾を回収していますが、それは、生活に必要な収入を得るためなのです。なかには事故に遭い、亡くなる方もいます。



私は今MAGラオスに勤め始めて3年になりますが、私たちの撤去活動は確実に人々の生活にいい影響を与えていると感じています。

以前は木材を取引する会社に勤めていましたが、森林伐採を促進してしまっていた以前の仕事より、貧しいコミュニティの人々を助けるMAGは人道団体で、格段にいい仕事だと思っています。


「不発弾に汚染された貧困地域を助ける活動に、身をささげていきたい」
それが私の本望です。

ありがとうございました。


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